山田真砂年先生は、「胎児いま魚の時代冬の月」「木星の色を転がし毛糸編む」
など多くの俳句を発表し、俳人土肥あき子氏へ流れを継ぐ、逗子在住の俳人です。
胎児いま魚の時代冬の月
胎児は十ヵ月を過ごす母胎のなかで、最初は魚類を思わせる顔から、両生類、爬虫
類を経て、徐々に人間らしい面差しを持つようになるという。これは系統発生を繰り
返すという生物学の仮説によるものであり、掲句の「魚の時代」とはまさに生命の初
期段階を指す。母なる人の身体にも、まだそう大きな変化はなく、ただ漠然と人間が
人間を、それも水中に浮かぶ小さな人間を含んでいる、という不思議な思いを持って
眺めているのだろう。おそらくまだ愛情とは別の冷静な視線である。立冬を迎えると、
月は一気に冷たく締まった輪郭を持つようになる。秋とははっきりと違う空気が、こ
の釈然としない胎児への思いとともに、これから変化するあらゆるものへの覚悟にも
重ってくる。無条件に愛情を持って接する母性とはまったく違う父性の感情を、ここ
に見ることができる。
〈秋闌けて人間丸くなるほかなし〉〈虎落笛あとかたもなきナフタリン〉
『海鞘食うて』(2008)所収。(土肥あき子)
木星の色を転がし毛糸編む
木星といえば赤道方向に伸びるカラフルな縞模様が特徴である。その色かたちはま
さにグラデーションのかかった毛糸玉のように見え、掲句の通りと共感する。俳句に
よる「見立て」のむずかしさは、共感を得つつ、平凡ではなく、なおかつ突飛すぎな
い、という頃合いにある。掲句には生活のなかに存在するささやかな毛糸玉が、みる
みる太陽系のなかでもっとも大きな惑星へと大胆に変貌する切り替えの面白さに無理
がなく、羨望のクリーンヒットとなっている。そして、このたび何種類もの木星の画
像を見たのだが、色彩がタイミングによって赤い大理石のようだったり、青白く映っ
ていたりとまるで折々の気分次第で色が違っているように千差があった。また木星は
太陽系のなかでもっとも自転の早い惑星でもあるという。壮大な奥行きとともにテン
ポのよいホルストの組曲『惑星』の「木星」をBGMに、くるくる回転する木星に今にも
飛びかかろうとしている猫の姿など、楽しい空想が抑えようもなくふくらんでしまう
のだった。 「湯島句会」(2010・第36回)所載。(土肥あき子)